題名 楓 翩翩 楓と 緑の鳥の飛ぶ様 が浅彫り.巧彫されています。この赤色の面は 硫化水銀の隙裂貫入の、もともとは、ほぼ全面赤色です。硫化水銀の層は 0.5㎜から1㎜あります。 その下の層は、 ほぼ緑色の層でこの層は6-9mmあります。緑色、 鉄2価イオンによる発色。流紋凝灰岩です。これは一億2千万年前に 地下深くでできました。 裏面は 研磨されただけです。五彩凍です。黒と赤の混じった細い線で縁取りされたマーブル模様が見える。色は、 薄い黄色、赤、濃い緑 ,青緑、白 、黒 茶色 。 この鶏血石は 3層構造です。 これも極めて珍しいです。 もともとは、板状の独石です。
何と、 最近 この裏面 五彩凍面が、 石のできた時代の、アジアの地図とそっくりなので、びっくり仰天しました。
大陸移動について書物を3冊買い、1っか月勉強しました。AIとも約20時間、大陸の一億年まえ頃の位置、に関して話して勉強しました。
この石は当然老坑で しかも独石 板状という極めて貴重なものです。其れに加えて裏面の中国中心のアジアの地図が描かれています。 一番大事なのは インド大陸がないことです。本当に奇跡としかいうほかありません。このような地図が現れる確率は 一万分の一以下です。あるいは10万個に一個かもしれません。しかも独石の見です。 印石に現れることはないです。 小さいけれど、もはや中国の国宝と言われるレベルの鶏血石です。もちろん昌化鶏血石。杭州市玉岩山です。二度と現れることはないでしょう。価格は最低でも1000万円の価値と思います。私が中国人なら子々孫々に伝えます。
26年ほど前に上海にいた時に、 上海博物館の収蔵物の特別販売がありました。
その時、購入したものです。価格6000元のところ 5400元にまけてもらいました。領収書はあります。緑の分厚い紙の箱もあります。もちろんこの石を彫刻した 琢宏先生は 、この石の裏のアジアの地図には全く気ずかなかったことでしょう。今の 中国人、日本人でも すぐに気ずく人は少ないでしょう。アジアの地図にいつも接していて、 中国 やベトナム や、タイに住んだことがある人だけでしょう。しかも 石を鑑賞する習慣のある人だけが気ずけるからです。
尚、この石のできた時代の 一億年から8500万年前には、インド亜大陸はまだアフリカの東にくっついていました。インドがアジアになったのは 今から5000万年前です。 この石のできたのは8500万年前です。これは非常に大事なことです。 今からボルネオ島は大体石の地図の位置にありました。当然日本列島はありません。 日本海、 日本列島ができたのはいまから2000万年前です。この時代の日本は大陸の東の端でした。朝鮮半島は すでに 当時からありました。黄海は陸地でした。、まあ今でも黄海は陸地と同じです。深さ50mの水溜まりです。アフリカとヨーロッパはありません。まあ所詮、偶然の石の模様ですから。あるいは神の業。鶏血石ができたのは8500万年前頃、 。それが地上に山となって出てきたのはその後。その時の山の高さはおそらく2500-3000m。
それが5000-6000万年で山が削られて 、鶏血石の地層が山の斜面に出てきたのが1000-2000万年前。
これは推定です。鶏血石を含む地層が、崩れたり、割れたりして 一部山の斜面に崩れおちた。
その後 この独石は数百万年から 数十万年のあいだ 、地下5mくらいの土の中に埋もれていた。そしてせいぜい 古くて5000年から2000年前に地表に現れた。その後また 砂を含んだ 大雨の水流で 削れたり 風化して、小さくなった。もし5万年前に地表に出たなら、
おそらくこの石は風化してもっと小さくなっていただろう。あるいはなくなっていた。またこの石の外形を見ればどのような状態で山の斜面に埋もれていたか私は予想できる。そして人間に発見にされたのは 、最近で300年くらい前i以降と思う。この石は角柱の印材ではない。自然にできた独石である。、もし 明、 清代に発見されていたなら、おそらく すでに彫刻加工されていただろう。あるいは清の皇帝の倉庫に眠っていたのだろう。それが共産党に接収されて、 長い間、上海博物館に収納されていた。という想像である。
26年ほど前に上海にいた時に、 上海博物館の収蔵物の特別販売がありました。
その時、購入したものです。価格6000元のところ 5400元にまけてもらいました。領収書はあります。緑の分厚い紙の箱もあります。 当時の上海人の月給は 800元 、一万円ほどでした。 年収の約半分です。だから、当時の中国人には
このような高価な 昌化鶏血石 印石 を買うことはほぼ不可能でした。重さ238グラム。大きさ 台形で 11cmⅹ6cmx厚み2.5cmです。石の質地は非常にきれいです。石目 破折線はありません。これは重要です。全体的に滑らかなやさしい感じの石です。
右端の下の石の薄いところは光がとおります。石の形から見て、 鉱山を採掘したのではなく、 すでに 石になっていたものを、自然に発見された石のようです。題名は 、マンサク科の落葉樹に鳥がひらひらと 、舞うというような意味です。中国では楓と言う文字の意味は 日本の 楓はマンサク科の高木で 紅葉とは少し違う木です。しかし紅葉はします。